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君子豹変

 NHKのカンゴロンゴを楽しんで見ている。先日は「君子は豹変す」を取り上げていた。
納得。見ながら自己を変えることの難しさを痛切に実感した。
 毎年知識と経験を増しているのだから、成長しなければいけないのに自分を変えるということは本当に難しい。
20年ぐらい前にある勉強会で講師が「人間は変わらない」と言っていたのを、私はいまだに覚えている。だからといって自分自身の言い訳にしているわけではない。
 その講師も付け加えていた。「但し、自分が内面から変わろうとしなければ・・・」だそうである。つまり外圧だけでは変わらないということだ。人材育成の授業ではあったが・・・。
 それはともかく、君子などなかなかいるものではないが、自分の中の邪魔なコケは取り除いて、豹変とは行かなくとも、ちょっとづつでいいので変わりたいものである。
 「来年こそ・・・」などと言っていたら、人生終わってしまう。善は急げ。

意味を考える

人は、それぞれテーマを持って生きているような気がする。
それは、簡潔なキーワードの場合もある。言葉には現しにくいもののような場合もある。
その人間が、物事を思考したり、判断したり行動に移すときの切り口である。
私は以前どこかで聞いた言葉ではあるが、「意味を考える」という言葉が何故かいつも頭に引っ掛かっていた。そして、それがいつしか思考のウエイトを占めるようになってきた。
そこで、今後ずっとかどうかは解らないが、しばらくメインテーマにすることに決めた。
常に「その意味は何だろう」と考えてみることである。
これを思ったとき「考える」ことは知ることなので「意味を知る」の方が言い得ているような気がした。
しかし様々な場面に当てはめてみたとき、「知る」を目的にすると矛盾が出てくると思い出した。
「知る」とは確かな答えに行き着くことである。
ところが、世の中には答えは永遠に出てこないものも多い。であれば「知る」より「考える」の方がピタットはまる。その場合答えは自らの中から出てきたり、永遠に出てこなかったりするがそれでいいと思う。つまり考えることそのものが目的である。
これを実践すると、全ての現象に意味を感じ取ることだけは出来、結構諸問題が解決出来る。
また、今生きているこの時々に面白みが見えてくる。
この言葉自体に出会ったのは、数年前であるが、今そう感じさせてくれるために、出会わせてくれたのだろうか。などと早速「考えて」いる。

一大事

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 昨日、大本山・永平寺 三浦信英氏の講演を聞く機会を得た。
 タイトルはズバリ「禅」であった。サブタイトルは「授かりしものを大事に使い、使いきる」である。三浦氏は「禅」を「そのまま」と説いていた。人間にとって命は一番大切なものである。私たちに授かった命をありのまま、そのまま生きることが大切であると言っていた。そのままとは奥が深い。もちろん力を抜いて生きることではない。サブタイトルのように、大事に使いきることである。生きるとは授かった命を削っていくことである。今生かされている意義を考え、今を大事にすることこそ禅でいうところの「一大事」である。
 一日たって”今を生きる”ことについて考えてみた。今この瞬間を生きるとは、どうしたらいいのだろうか。ジタバタすることはない。”自分”を生きることだろうと思う。今私がしなければいけないものは何なのか。守らなければならないものは何なのか。それを”そのまま”するだけなのだと思う。
 人には必ず使命がある。職業人であれば、仕事は欠かせない。家族を考えることも勿論である。一人ひとりがそこを考えることが大切なのではないだろうか。また、それだけでいいのではないだろうか。つまり人は自分の使命を果たすことだけでいいのだと思う。それが社会の成り立ちである。
 会場の加賀「ゆめのくに天祥」の大広間は、側面の広いガラスの外に黒々とした大きな岩が一面迫っている。”さあ、おまえはどうする”とでも問われているような部屋環境であった。ほんの少し成長した一日を送れた。
 でも懇親会では、やはり弾けていた。 

ビジネス脳を磨く

 日本経済新聞社発行の『ビジネス脳を磨く』を読んだ。状況に合わせて発想をガラッと変えるための必要性を説いた本である。今時代は大きく変わりつつある。ページをめくるごとにバシバシ入ってくるものがあった。
 変化に合わせられなくて無くなっていく業種もあれば、新たに生れるものもある。我が業界も決していい状況とは言えない。考え方の習慣は、そう簡単に変るものではないと思うが、読み終えて今すぐにでも自分自身の考え方を変えたい気がした。
 私は、以前より仕事を通し「自らの商道を高めたい」と思っている。商道などという言葉はないが、いわば私の仕事訓である。以前は「商道を極めたい」と考えていたが、さすがにそれはおそれ多い。だから今は「商道を高めたい」と思っている。この仕事に関わる限り、最後まで少しでも私の商道を高めることに努力をしたい。本の最後の方に「道」の話があった。思わずこの私の仕事訓がドンと頭の中に降りてきた。
 この本を買って読むようにと薦めてくださった、中央理美容専門学校堀校長に改めて感謝をしたい。

ゴムの木の挿し木

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 以前お客様に戴いたゴムの木がこの夏大きく成長した。そこで2週間ほど前に、元の木(左側)の先部を切り、別の鉢(写真右側)に挿してみた。しかし、このようなことをするための知識は全くない。
 写真は切りたてのものなので新しい鉢の方の葉の艶もいいが、今日の段階では、何となく元気がなくなっている。無事根付くことを願っているが、とにかく木に頑張ってもらうしかない。
次にそのお客様が来店された時、元気な二つの鉢をお見せしたい。

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