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意味を考える

人は、それぞれテーマを持って生きているような気がする。
それは、簡潔なキーワードの場合もある。言葉には現しにくいもののような場合もある。
その人間が、物事を思考したり、判断したり行動に移すときの切り口である。
私は以前どこかで聞いた言葉ではあるが、「意味を考える」という言葉が何故かいつも頭に引っ掛かっていた。そして、それがいつしか思考のウエイトを占めるようになってきた。
そこで、今後ずっとかどうかは解らないが、しばらくメインテーマにすることに決めた。
常に「その意味は何だろう」と考えてみることである。
これを思ったとき「考える」ことは知ることなので「意味を知る」の方が言い得ているような気がした。
しかし様々な場面に当てはめてみたとき、「知る」を目的にすると矛盾が出てくると思い出した。
「知る」とは確かな答えに行き着くことである。
ところが、世の中には答えは永遠に出てこないものも多い。であれば「知る」より「考える」の方がピタットはまる。その場合答えは自らの中から出てきたり、永遠に出てこなかったりするがそれでいいと思う。つまり考えることそのものが目的である。
これを実践すると、全ての現象に意味を感じ取ることだけは出来、結構諸問題が解決出来る。
また、今生きているこの時々に面白みが見えてくる。
この言葉自体に出会ったのは、数年前であるが、今そう感じさせてくれるために、出会わせてくれたのだろうか。などと早速「考えて」いる。

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